中村元博士について

―インド哲学・仏教学の世界的権威、比較思想の開拓者―
「一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ」(中村元訳『ブッダのことば』)
 中村元博士はインド哲学や仏教学を中心とする東洋思想研究の世界的権威であり、日本における比較思想という研究分野の開拓者でもありました。
 インド哲学の研究を出発点とされた博士は、セクショナリズムの壁を超えて、世界中の思想を比較研究することにより世界平和への道を示されました。その論文・著作は1500点を数え、今なお世界中の研究者に影響を与え続けています。


中村元博士と松江
「静かな中に奥行きのある気品―土地の人々の人情はこまやかで親切である」 (中村元『学問の開拓』)
 中村元博士は大正元年(1912年)11月28日、島根県松江市の殿町で生まれました。中村家は松江藩に仕えた武家の出であり、かつては松江市奥谷町にその屋敷がありました。生後まもなく家庭の事情で東京へ移り住まれることになりましたが、生涯を通して松江を愛し、折に触れ松江の和菓子を取り寄せ、贈られていたそうです。平成元年には「東洋思想研究の世界的権威」として、松江市名誉市民の称号を贈られました。

中村元博士の略歴
1912 11月28日、島根県松江市殿町に生まれる
1925 東京高等師範学校付属中学校入学
1930 第一高等学校文科乙類入学
1933 東京帝国大学文学部印度哲学梵文学科入学
1936 同大学大学院入学
   インド哲学を研究
1942 博士論文(『初期ヴェーダーンタ哲学史』)提出
1943 東京帝国大学助教授に就任、5月 文学博士
1951 『東洋人の思惟方法』が評価され、米国スタンフォード大学より客員教授として招聘
   以後外国から受けた招聘は50回を超える
1954 東京大学教授に就任
1957 日本学士院賞恩賜賞受賞(『初期ヴェーダーンタ哲学史』)
1960 『東洋人の思惟方法』がユネスコ国内委員会により英訳
1964 文学部長に就任、「文化交流研究施設」の設立に尽力
   第一類で初めて「比較思想」の講義を行なう
1966 近代インドの思想家にしてインド第二代大統領ラーダークリシュナンより
   「知識の博士(VidyAvAcaspati)」の学位
1967 オーストリア学士院遠隔地会員
   『仏教語大辞典』の原稿紛失、一ヶ月後再執筆開始
1970 財団法人東方研究会創立、理事長就任
   若手研究者の研究継続のための道を開く
1973 東京大学定年退官、同大学名誉教授、東方学院設立、学院長就任
   デリー大学名誉文学博士、ベトナム・バンハン大学名誉文学博士
1974 比較思想学会初代会長就任、紫綬褒章受章
1975 『仏教語大辞典』刊行 (毎日出版文化賞、仏教伝道文化賞受賞)
1977 文化勲章受章
1978 イギリス王立アジア協会名誉会員、ネパール国王より勲章
1982 ドイツ学士院客員会員、スリランカ・ケラニア大学より名誉学位
   中国・西北大学より名誉教授の称号
1983 比較思想学会名誉会長就任
1984 勲一等瑞宝章受賞、日本学士院会員就任
1989 松江市名誉市民
1994 第24代足利学校庠主就任
1999 NHK放送文化賞受賞、『中村元選集』[決定版] 全40巻刊行完了
1999 10月10日逝去、享年86歳


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